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札幌の街は碁盤の目!一体なぜ?そして住所の付け方は?

こんにちは、高瀬てん(@tensan_dayo_)です。

札幌市の中心部は道路が碁盤の目のように整備されているのは有名な話ですよね。
このように綺麗に街が整備されていると、住所がとても分かりやすいです。

では一体なぜそういう風に整備されたのか?

そして、碁盤の目状の札幌市の住所の付け方は?

道民じゃないけど北海道を愛してやまない私がお答えします!

どうして札幌の街は碁盤の目のように整備されているの?

札幌の街が本格的に整備されていったのは、明治に入ってからのこと。

北海道開拓の父と呼ばれる島義勇が、円山の高台から札幌の街を見渡し、街づくりの構想を練ったと言われています。

ではなぜ、札幌の街は碁盤の目のように整備されたのでしょうか。

結論から言うと、京都の街を参考に、まちづくりが行われました。

京都の街は唐(中国)の首都であった長安という街を参考に設計されました。

碁盤の目状に整備された街は、軍事的に守りやすく、また区画がシンプルなので、住民の管理がしやすかったようです。

長安という街は非常に栄えていたため、京都もそれに負けじと、長安の街づくりを真似したのです。


▲「長安」で画像検索するとやっぱり綺麗に整備された街の図面が

実際、京都は明治になって東京に遷都するまで1000年以上、天皇の住まうところでしたし、現代でも非常に魅力的で日本を代表する都市になっていますよね。

話が少しずれてしまいましたが、そんな京都にあやかって、札幌の街をも発展させるべく、碁盤の目のように整備したのです。

北海道の開拓が本格的に行われたのは、明治時代に入ってからのこと。

まだ”北海道”ができてから150年しか経っていません。

それなのに、札幌は今や人口100万人を超える大都市に発展しました。

それも、碁盤の目状に綺麗に整備された街づくりのおかげかもしれません。

札幌の街の住所の付け方!キーワードは大通り公園と創成川

碁盤の目状になっている札幌は住所の付け方が非常に分かりやすいです。

まず、北と南を大通り公園を境に区別します

大通り公園から北に行くに従って、区画を北1条、北2条、北3条・・・と、
逆に、南に行くに従って、南1条、南2条、南3条・・・と数えて行きます。

例えば、こんな感じ。
札幌駅の北口(北大がある方)はこんな感じで区画を数えることができます。

そして、札幌市内を流れる創成川を境に、東と西を区別します。

創成川から東に行くに従って、東1丁目、東2丁目、東3丁目・・・、
西も同様に、西1丁目、西2丁目、西3丁目・・・というように数えて行きます。

先ほどの札幌駅北口を例に見えると、こんな感じです。

ここで、西3丁目と北8条が交わったところを見てみましょう。

このように黒い線で囲まれた区画ができます。

この区画が北8条西3丁目という住所になるわけです。

かなり分かりやすい住所ですよね!

まとめ

・札幌は京都の街を参考に、碁盤の目状の街に整備された。
・札幌の街は大通り公園を境に南北に、創成川を境に東西に分けれられる。

札幌の街歩きをする際は、住所にもぜひ注目してみてくださいね!

ABOUT ME
てん
会社員しながらブログを書いています。道民じゃないけど北海道が好き。ひとり旅が好き。